——今の仕事は「食」についてのものが多いじゃないですか。それって引き寄せちゃうんですかね。

「引き寄せるっていうか……、引き寄せちゃうのかなぁ」

——もともと若い頃から食にこだわりはあったんですか?

「ないよ(笑)。でも『世界のキッチンから』(キリンビバレッジ)を始めてからは詳しくなったかな。それまでビールはやってたけど、それとは全然違って。ビールっていうのは作り方のルールが決まっていて、大麦の芽を麦芽させるところから始まる。この麦芽が大事でそこにホップと酵母を加えていくんだけど。酵母は多分こんな格好をしてて。(ホワイトボードに酵母のイメージの絵を描く)

大きな口を持ってる酵母と、小さい口のやさしい顔の酵母と。どの酵母を使うのかをものすごい数の中から選ぶ。その選び方でビールの味が全然違くなってくるんだよね。ビールの美味しさや苦さは麦芽と酵母が関係している。あとは時間と温度の関係かな。新しいビールを飲んだ時に『どこを変えたの? 何を変えたの?』って訊くと『時間を30分長めに』とか『温度を5度上げてみました』とかそういうことだから。まあ、この程度のことは知ってるけど、それ以外はほとんど食については知らなかった」

——そうなんですね。ビールは酵母の活かし方が大事なんですね。

「うん。それは料理と同じよ。長めに蒸しました、長めに煮ましたとか、弱火でゆっくりとか、強火で短い時間でワッとやりますとか、それによって素材を活かす活かさないって決まるじゃない。ビールもそれと一緒だね。あとは勘なんだけど。

だけど、『世界のキッチンから』をやってみると、塩とか砂糖とかみりんとか果物の糖とかいろんなものが絡んでくる。最初は訳わからなくて。『レモン塩をああするといいよね』とか。『なんだそれ?』って感じで全然わからない(笑)。名前は知ってるけど確認したことないなとか。お酒系は飲んだことあるけど、特にリキュール系はほとんど飲んでないとか。

でも、周りの人たちはみんな飲んだり食ったりしてるわけよ。スペインのあの料理いいよねとか。あの味をジュースにするとどうなるのかなとか。何言ってるんだろうと思ってね(笑)」

——最初はそんな感じだったんですか。

「そうそう。8年前は何もわからなかったよ。でも徐々に覚えて」

——いろんなものを認識しながら食べるようになったっていうことですか?

「わからないものは調べるっていうことをやってるうちにだんだんわかってくるじゃないですか。塩の種類はどうなってるかとか、砂糖はこうなっててとか。何でできてるかとか」

——どのくらい勉強したんですか。

「流れだよ」

——でも振り返ってみると1ヶ月で大半をそれに使ってたなっていう話なのか、1日1、2
時間くらい使ってたなとか。

「例えば、コピーライティングじゃなくて言葉を整理するためにわからないから調べ始める。調べ始めてなるほどこうなってるんだとか、もう少し詳しく調べてみようっていうことを僕の場合、一応全部書き起こすわけです。書き起こすと自然と覚えていく」

——深く調べ過ぎちゃって収集つかなくなることは?

「まあ、限りがないよね。調べ方ひとつで違った情報になるじゃないですか。情報が飛び跳ねていくんですよね。栄養分なら栄養分の方に飛んで味のことは語ってくれないじゃないですか。今度は味の方にいくと、全く広がり過ぎて栄養分のことを忘れてしまうわけですよ。それでまた栄養分に一回戻らないといけない」

——栄養分を調べなきゃいけないのに味を調べて興味を持ったら、そっちにグーッといくような気がします。宮田さんのイメージは突き抜けていっちゃう感じです(笑)。

「うん。あとは勘かな。食べて死んで食物連鎖を繰り返しているっていう関係はすべての生き物同じだと思ってるから。そこは抵抗なく勝手に自分でこうだろ、ああだろっていうのを想像して専門家に訊いてみるとやっぱり合ってるわけですよ」

——結構、宮田さんから「専門家」っていうワードが出てきますよね。そういうのは意識的にそういう機会を作っているんですか。

「いや、いつの間にかでしょう。それで聞いてみて、なるほどと思えばそのまま吸収できる」

——今、「食」でやってみたいものはありますか?

「何だろう。何でもいいかな」

——食だったら何でも楽しめるんじゃないかと?

「うん。でもそれは28歳の時の林野庁の仕事をきっかけに何でも楽しめるコツを掴んだのかもしれない。その時は子ども用の木の本を作ってて筑波学園都市の入り口にある林業試験場っていうところにしょっちゅう通ってて。その本を作るためにいっぱい取材をしなきゃいけないんだけど、そのたびに先生にたくさん話を聞いて、そこで絵を描いて。その場で絵を描いてることに驚いてたな。『いや〜僕たちはいつも文字でその絵の表現をしようと思うと大変で、読む人が理解できなくて困ってたんだよ。絵だとこんなにわかりやすいのか』と。僕は20代だったけど尊敬されながら、こちらも尊敬しながら話を聞いて、木の話を永遠と聞いていたわけですよ」

——へえ。

「そこで木というのはすごいな、人間はかなわないなというのを理解した。ある木が生き残るためだったら他の木をいくらでも殺してもいいっていう生存能力とか、冷酷さとか、それがすごいわけですね。その代わり自分が死んでも構わない構図をちゃんと作っている。地面に自分が栄養を与えていたり、実がどこに移動するかによって子孫が反映する構図を作っていたり。亀とか魚とかと一緒でたくさん子ども生むけど実際に生き残るのは千分の1くらいしかないというのが木にもある。木が実を自分の下に落とすっていうのは自分が死んでもいいと考えているからなんですよ。母が死んでも子は育つと思ったとき。その分だけ光が射す構図を作る。

反対に自分のすぐ下に実が落ちたら困ってしまう木、実に色がついている。赤とか黄色とか。要するに実の色が葉と同じじゃなくてカラーなのは、その色がわかるやつに食べてもらいたいっていうことですね。カラーがわかるのは鳥族と人族なわけです。

あとは感覚で匂いとか形で覚えてしまう熊とかが木に上って食べて『おっ、食えるこれ!』って(笑)。そういうのはたまにあるけど、基本的には鳥系のものがその場で食べて、排泄は別の場所にポトンと落としてくれる。猿もどこかに持って行ってから食べる場合があるので。色のついている実はどこか遠くへ行って、生存競争で勝てる場所だったら生きていけるっていうことなんですよね」

——そうか、色付きの実はそうなのか。木自体が毎年毎年生きて行きたいから。

「松の種の場合はクルクル、クルクル飛んでいくと。松っていうのは古い針葉樹なので広葉樹にすごく弱いんです。肥えた土地には松は生えずに、ものすごく土地が悪い状態のところにしか松はいない。広葉樹が来るような土壌のいい場所には松はすぐ広葉樹に殺される。だから土が悪いところに飛んでったやつだけが育つ。海岸線の海の砂の上に松は生えてますよね。下には草も雑草も何も生えないところに松だけ生えてくる。こんなところじゃ自分の子孫が生きれるはずがないというところで立派な松が生えてるでしょ」

——はい。

「そこでもう誰にも邪魔されず何千年も生きようとする。それは木々の持ってる強さ弱さのバランスで、敵がいっぱいいる中で子孫がどこかで生きていけるようにと木はそれぞれの能力にあった種の飛ばし方をする。そんなことを先生たちにいっぱい教えてもらって植物ってすごいなって思うじゃないですか。人間も同じようなことをきっとやってるんだろうなって。知恵があるから人を殺さないけど。木は人間みたいな知恵はないけど生存する知恵はあると思った。

基本的には縄張り意識っていうのはみんな持ってて似てるな〜って思うじゃないですか。違った縄張りの考え方だけど人間も縄張り意識が強いし、そこに誰か余計な人が入ってくると蹴落としたがるし。『俺の場所だ』って虫でも猿でも自分のテリトリーがあるわけでそこに入ってくるやつは厄介払いされるわけです。植物でもそう。鳥もそうだし、牛もそうだし、人間だってそうだし、生き物はみんなそう」

——たしかに。

対談b

——「食」意外にも仕事をしていきたいと思っている業界はあるんですか?

「僕は衣食住遊とエネルギーが仕事が選ぶ基準。この4つはまず自分の頭で考えていれば間違えはない。本を読まなくても自分の考えで意見が言える。それ以外は自分の意見を持っても『そうじゃない』って簡単に否定されてしまうものばかりなんです。生活の中にあってもなくてもいいもの。例えばスマホはなくたって生きて行けるし、株も持ってなくても生きていける。考えると世の中に本当に必要なものと必要じゃないものがあるじゃない。衣食住に絡むものは自分自身が面白がれる」

——やっぱり面白い仕事しかしないんですね(笑)。

「面白いっていうか、その業界が必要か必要じゃないかっていうことも含めて、仕事として必要かな〜って考えると魅かれるものがいっぱいある。例えば、トンカチは大事じゃないですか。それから鍋も包丁も大事じゃないですか。火、大事ですね。生活の中でちょっとメモしたいと思った時に、鉛筆が一本もないっていう家はないわけだし。『ちょっと焼いてよ』っていう時に『うち火ないんだよね』っていう家もないし。

最低限そういうものがないと生活できないじゃない。それも衣食住の中に入ってくる。自分の生活の最低限必要なものだったりする。それらはみんな僕の仕事の中に入る。横河電気の雑誌広告をやってる時も面白かった。その時に日本国中のトップクラスの学者に会いにいったんですよ。優秀な先生方に会いに行って取材をして」

——それはいくつくらいの時ですか?

「それは39歳くらいかな。それは面白かった! 簡単に言うと、元素についていろんな話を聞いたんだけど、世の中にある物質はほとんど自分のこの体に持ってるしどこにでもある。ここにあるテーブルの石にもいろんな物質が入ってると思うよ。そしてそれ自体エネルギーがあって、それで我々は生活をしている。生きてるものはみんなそうで、この関係は変わらない」

——やっぱり学ぶというか、知識を得て何か解を出すということが好きなんですよね。今やってる京都工芸繊維大学もそうじゃないですか。(2014年より京都工芸繊維大学 デザインラボ所長 http://www.d-lab.kit.ac.jp

「だって面白いよ。この歳になって知らないことがいっぱいあるんだもん。でも、話をしている時間は1時間か2時間しかなくてそれで知ったつもりになってるのも相当危険なことなんだけどね」

——まあ、そうですよね。

「でも20代の時に木の話を聞いたのがベースになってるから、『同じだ!』と思ってる。基本的には同じで、あとは対象物によって変わるだけだと思ってるから。なので、聞けば聞くほど何か繋がっていくんですよ。すべては同じものでできていると。宇宙は全部同じ物質だと思っているので、同じものでできてると考えた時に、食の仕事はわかりやすくなったということですね」

——食もいろんな姿かたちは変わってるけど、根本は生態系の中で回ってる。

「そう考えると啀み合う必要はないんだよ、ある意味で。人間の浅はかなものが働いちゃうだけなんだよね」

——そのへんの本質的なことの達観は何歳くらいから出てくるものなんですか? もともとそういう頭の中なんですか?

「それは知らないよ(笑)」

——何となく自分の中でこのくらいの年代で考え始めたなとかあるんですか?

「でも50年近く付き合ってる友達には昔からそうだったって言われる。『何が?』って言っても『そうだったの!』ってそれ以外言わない。そういう屁理屈をいうタイプだったのは昔からみたい」

——本質を追求しようとして考えてるわけですね。

「ただ、自分のやることに意味付けがないとだめなタイプなだけかな。そういう時に林野庁の仕事があって助かった。あれがないとどこ走っていいかわからなかったかもしれない。木に敵わないと思った瞬間に……」

——それまではオラオラ、イケイケ系だったんですか(笑)?

「そうそう(笑)」

——ははは!

「自信こそすべてで、自信がなくなった時が最後。そういうのが木と出会ってからどうでもいいと思った」

——自然はでかいなと。

「敵わないなと。一見何も考えてなさそうな木が一生懸命考えててちゃんと生きてるとか。面白いのが、植林した杉の森には必ずでかい一本杉があるんですよ。植林して15年くらい経つと綺麗な山になってくるんだけど、そこに必ず一本でかいのがある。その一本にみんなめがけて大きくなる。何だかわからないけどそういうふうに必ず大将がいる」

——身近な目標みたいなことなんですかね。

「そう。木は大きくなりながら横に必ず横に伸びていこうとするんですよ。隣の木とくっつくまで伸びる。それを鬱閉というんだけど。光が入ってきても地面まで通さず真っ暗になる。その真っ暗な場所には木は生えなくて土は湿る。雨が降ると表面が全部流されて、岩盤に近い状態になって最後は木が全部倒れちゃう。

そうならないために隣の木を殺して自分は生きていく。そうじゃなくて人間が隣の木を切ってあげるのが間伐。そういう間伐を啓蒙することをしてた。植林だから仕方ないんだけど、自然樹の場合は殺して殺されていくんです。だからそこら中で倒れている木があるのは、前の木が攻めて来てるのが見えていて、それでいい風が来たなと思ってポコンと倒れる。それで生存の関係ができているのが長年生きてる山の姿なんです。こういうことを知ってから全然頭の中が変わったんだよね」

(Interviewer:早崎暁生)

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宮田識(みやたさとる)
1948年千葉県生まれ。株式会社ドラフト代表。クリエイティブディレクター。1966年日本デザインセンター入社。69年日本宣伝美術会奨励賞受賞。70年退社後、78年宮田識デザイン事務所設立。89年にドラフトに社名変更。 95年D-BROSをスタートさせプロダクトデザインの開発・販売を開始。朝日広告賞、ADC最高賞、日本宣伝賞山名賞。著書『デザインするな』(藤崎圭一郎 著/DNPアートコミュニケーションズ)

早崎暁生(はやざきあきお)
1972年岐阜県生まれ。株式会社ドラフト取締役。2014年2月よりD-BROSプロジェクト担当。